漫画家マンガの世界 by 風媒花

漫画家を主人公にしたマンガ「漫画家マンガ」を語ります

男の条件 感想の6

漫画家マンガに話を戻したい。
でもその前にもう一度だけ脱線。


梶原一騎は東京生まれ(1936年)の東京育ち。
私もずーっと東京だから言わせてもらうが。
東京の人は、根性に「ど」なんかつけない。
「ど根性」なんて言わなかった。

巨人の星 オープニング


「どこんじょう」と歌われているのは梶原の語彙ではない。
よく間違われるこの歌の作詞は梶原ではなく、東京ムービー企画部だ。
絵も川崎のぼるではない。
(アニメの原画マンは別人)


えー。
すみません、も、もう、もうひとつだけ脱線。


松本ファンはむちゃくちゃよくご存知だと思うが昔「漫画少年」という雑誌があった。
※松本零士は「漫画少年」の第1回新人王になりデビュー。



トキワ荘出身の漫画家たちは「漫画少年」の投稿仲間でもあった。
「漫画少年」は、漫画少年と称しただけあって、漫画少年に読まれていたのだ。


梶原は文学少年で、夢見ていた将来は小説家。
初めて漫画原作の依頼をもらった時には「心外だ」とむくれたらしい。
「ジャリ向けの漫画なんか書きたくない」
と。
「文学者をめざしている自分に何たることを」
と。


しかし本当は梶原も「漫画少年」に投稿し入選して、賞品のメダルをせしめていたそうだ。
もちろんジャンルは漫画ではない。
微笑ましいことに「詩」だ。
(『劇画一代』1979年より)
こわもて梶原一騎にも、カワイイ時があったのねえ!


で。やっと『男の条件』に戻る。
この作品も(今はマイナーになってしまったが)当時のヒット作ではあった。


ヒットの背景には、
・梶原・川崎コンビのネームバリュー
・漫画家志望者の激増
があったそうだ。


この頃の少年たちが一番なりたかった職業はプロ野球選手だが、漫画家がこれに取って代わった。
今では信じられないが、漫画家は当時の花形職業だったのだ。