漫画家マンガの世界 by 風媒花

漫画家を主人公にしたマンガ「漫画家マンガ」を語ります

そしてボクは外道マンになる(1~3巻)

『そしてボクは外道マンになる』平松伸二


※公式サイト
http://grandjump.shueisha.co.jp/manga/gedou.html


1970年代の週刊少年ジャンプの内幕を暴く!という触れ込みの自伝的作品。
4巻が最終巻らしい。
まだ3巻を読み終わったところだが息が切れてきたので、ここらで感想をまとめておく。


自慢じゃないが私は、70年代には少年週刊誌三誌(マガジン、サンデー、キング)を全部買っていた。
これまた自慢じゃないが、ジャンプは買っていない。
喫茶店などに置いてあるものを時々読んでいただけだ。


手塚治虫信者の私は「ジャンプは漫画誌ではない」と思っていた。
(念のために書いておくと、手塚治虫もジャンプに執筆していないことはない)


創刊からまもなくのジャンプのラインナップは新人ばかりで貧乏くさく、誌面全体に品が欠けていた。
やがてジャンプが御三家を蹴落として少年漫画誌ナンバーワンに輝く日がやって来るのだが、その時が来ても私の中では最初期の印象は変わらなかった。


ジャンプの漫画の中で評価していたのは『ハレンチ学園』くらい。
本宮ひろ志も秋本治もスカンかったし、特にスカなかったのがこの作者、平松伸二だ。



平松伸二は長きにわたりジャンプ誌上で生き続け、(私に言わせれば)日本の漫画の絵ヅラをきたなくし続けた。
(平松先生、ファンの皆さん、ごめんなさい!)


この自伝漫画を読んでも、「きたない絵だなー」という印象は動かない。
長い間描き続けると絵は(否応なしに)うまくなっていくものだと思うのだが、ますますきたなくなっている。
この現象は読者の要望の反映に相違なく、平松伸二は絵のきたなさゆえに(きたなさをパワーアップすることができたゆえに)人気を持続できたのだろう、と思う。


ということは、きたない絵の好きな人って多いのだなあ。
そのことにまず感心(感動)してしまった。


私は漫画家と原作者は仲良くなれないものだと思っている。
(私にも少年誌と少女誌の漫画原作の連載経験がある。
その経験を踏まえて言うと)
必ずや喧嘩別れする。
仲良くやっているかに見えても、数十年ものコンビだと「あいつは気に入らないが、仕事だから仕方ない」というだけのつながりになる。


漫画家と原作者が不仲にならざるをえない理由はいくつかある。
いちいち挙げはしないが、筆頭はこの『そしてボクは外道マンになる』に出てくる編集者の台詞(に代表される、周囲の態度)だろう。


「原作付きの漫画を描いてる限り、オレは絶対にオメエを漫画家として認めねえエエエエ~~~ッ!」
というものだ。
(これがページの2/3を占める大ゴマで描いてある)


編集者はきっと原作者に対してはこう言っているのである。
(あくまで想像です)
「オメエに絵が描けるか、描けねえだろう。
オメエらは漫画家に寄生して生きてる寄生虫よぉ。
人気も何も、みんな漫画家のおかげなんだから、つけ上がるんじゃねえエエエエ~~~ッ!」


こんな罵声をしょっちゅう浴びせられては、たまったものではない。
(絵描きさんも原作者も繊細な神経の持ち主なのです)
これよりはだいぶ紳士的だったが、似た意味合いの台詞は私も何度も聞かされた。
これでは漫画家と原作者が和気あいあいとやっていける訳がない。


平松伸二の絵柄は、デビュー当時は可愛い優しい物だったと記憶する。
叱咤激励というよりもプライドをずたずたにする罵詈雑言で絵柄を変えさせられ、意地で走り続けてきたのだろう。
それでもやってきた精神力と体力には、(ジャンプ嫌いの私も)ただただ敬服するのみである。